日経新聞の記事にあった一節です:
ベンチマークはいわば運用のモノサシ。運用リポートなどに投信の基準価格の値動きと一緒に表示されることが多く、比較の参考とされる。

朝倉氏は「アクティブ型のベンチマークも配当抜きが使われがち。それに比べて投信の運用成績が相対的に良いと誤認する投資家も多い」と指摘。
ある外資系運用会社幹部は「ベンチマークを配当込み指数に変えると、これまで指数を上回っていた投信の成績が一転して下回る結果になるケースもあり難しい」と本音を打ち明ける。

「現在、配当抜きか込みのどちらを使うかや表示方法についてのガイドラインはない」(投資信託協会)
「貯蓄から資産形成」の流れのなか、投資家本位の情報開示の改善が求められる。
 - 日経新聞(2019.5.31)投信評価「配当込み」へ 運用のモノサシ、見直し機運 (編集委員 田村正之)

投信業界関係者は、上場企業に対しては、『ガバナンス強化だ』、『非財務情報の開示だ』、『ESGだ』などと言ってはいますが、
翻って、自らはどうでしょうか?
投信業界は、受益者に対してあまりにも不誠実ではありませんか。私は、強くそのように感じました。


なにより、機関投資家向けの運用では『配当込み指数』を使うことが慣例となっているにもかかわらず、
わざわざ、個人投資家向けの投信では『配当抜き指数』をベンチマーク・参考指数に使っているのです。
用語集:配当込みTOPIX
東京証券取引所がTOPIX(東証株価指数)をベースに支払い配当金を加えて投資収益指数として算出しています。
日本株式の運用成績の参考指数として世界の機関投資家が利用しています。
 ー 三菱UFJ信託銀行 https://safe.tr.mufg.jp/cgi-bin/toushin/tsl.cgi/knowledge/vocabulary/305.html
機関投資家は使うけれど、個人投資家は使わない方が良いなどという道理はどこにもないのです。
ここで最も大事なことは、運用報告する際に、配当込み指数のパフォーマンスもあわせて提示する、ただこれだけのことです。
やろうと思えば、今日からでもすぐに出来てしまう程度のものでしかありません。難しい手続きなど一切不要です。
 ☞ 参考:「配当込みTOPIX(投資収益指数)」と「TOPIX(東証株価指数)」


なぜ、こんな簡単なことすらできないのでしょうか?

配当抜き指数を使うのは、運用状況を実態よりも良好に見せかける悪質な行為であると、長年批判されて来たことです。
にもかかわらず、未だにガイドラインすら作られていないという事実は、業界として健全だと言えるでしょうか。


このような体質こそが、優良誤認をもたらすような悪質な投資信託が存在する状況すらも許していると思います。


はたして、投資信託が個人の間に浸透しない理由を、「投資教育の不足」が原因であると片付けてよいのでしょうか?
もっと本質的な理由があるように思います。
私は、運用会社にこそ、ガバナンス強化が求められていると信じて疑いません。



なぜ、「配当抜き指数」が使われ続けるのか?

ところで、記事の中には、配当込み指数に切り替えられない理由として、
「ベンチマークを配当込み指数に変えると、これまで指数を上回っていた投信の成績が一転して下回る結果になるケースもあり難しい」
(ある外資系運用会社幹部)
というコメントがありました。

では、実際の運用状況はどうなっていると言えるでしょうか。
業界として、そんなにも影響があるのでしょうか?

そこで、投信業界の権威を代表すると言っても過言ではない、
国内大手運用会社の三菱UFJ国際投信の日本株ファンドを例に調べてみました。
 ☞ 一覧表:三菱UFJのアクティブファンド(日本株)



『不都合な真実』

三菱UFJ国際投信の日本株ファンドで、ベンチマークを設定し、これを上回ることを運用目標としているファンドは、現在21本あります。
このうち、自ら運用しているファンド18本(TOPIX:10本、日経平均:1本、その他:7本)は、すべて「配当抜き指数」をベンチマークとしていました。
なお、JPモルガン・アセット・マネジメントに外部委託している3本は「配当込み指数」を使っています。

※ ベンチマークは設定せず、参考指数を提示するにとどめているファンド(=運用制約が相対的に緩い)は、単純には比較できない点もありますので、ここでは対象には含めていません。
※ 確定拠出年金用のファンドは、同じ運用を行うファンドが既に設定されていたため、カウントから除外しました。
※ なお、「35」、「バリュー55」はベンチマークを設定してはいますが、いわゆる「対ベンチマーク運用」とは異なっていると言えます。
  例えば「35」は投資銘柄数を限定し、裁量判断で小型株の組み入れ比率を高めるなど、運用上の制約は相対的に緩く、“TOPIXを意識した運用”が行われているわけではありません。
  実際、これらのファンドの月報には、ベンチマークを設定している他のファンドとは異なり、ベンチマーク構成比の記載はありません。
 「35」月報 「55」月報 ファーブル先生_月報


そこで、TOPIXと日経平均をベンチマークとするファンドについて、パフォーマンスを確認してみました(2019.5.31時点での評価)。
なお、ここでは、『配当込み指数』の代替として『低コスト型のインデックスファンド』を用いました。
三菱UFJ国際投信_対ベンチマーク運用のパフォーマンス評価_20190531

ただし、設定日の関係上、割高なインデックスファンド(信託報酬0.6696%)しか利用できませんでしたので、現時点でのeMAXIS Slimの信託報酬(0.1512%)との差分を調整しています。
具体的には、信託報酬(年率)の差分:0.6696%-0.1512%=0.5184%を日次換算(1年=250日)し、差分だけ日々の日次リターンを調整後、累積計算して基準価額を再算出しました。 


すると、以下のことが分かりました:
  1. クオンツ運用を行う「三菱UFJ システムバリューオープン(愛称:プロフェッサー)」は、TOPIX(配当除く)にすら負けている
  2. 「プロフェッサー」を除くと、対TOPIX(配当除く)であれば、概ねアウトパフォーム出来ている。
  3. しかし、配当分を考慮すると、「対ベンチマーク運用(アクティブファンド)」は軒並み、ベンチマークに負けてしまう。
  4. 「対ベンチマーク運用」よりも運用制約の緩い「35」、「バリュー55」の場合は、配当分考慮後も、安定的ではないものの、アウトパフォームする傾向が見られた。
    ただし、リスクを取っている割にはアウトパフォームの幅は小さく、日経平均対比ではアンダーパフォームしている。
  5. 日経平均をベンチマークとする「J・エクイティ 」のパフォーマンスは、ベンチマーク(配当分考慮)に及ばない。
  6. 結論:配当分を加味すると、アクティブファンドとして対ベンチマーク(TOPIX・日経平均)で十分な成績を残したファンドは、1つもない。

極端な言い方をすれば、もし、配当込み指数を採用すれば、
運用会社として、アクティブ運用のファンドを提供できるだけの十分な実績は残せていなかったことが明らかになってしまうのです。


<補足>直近10年間のパフォーマンス比較(2019.06.05時点):「35」、「バリュー55」vs「スパークス厳選投資」
35vs55vs厳選投資_直近10年間_20190605
図の出所:楽天証券 比較チャート
上図からも明らかなように、対ベンチマーク運用よりも制約が相対的に緩いにもかかわらず、「35」、「バリュー55」は十分なリターンを出せていなかったと言えます。
もし、運用能力があれば、スパークス厳選投資のようなパフォーマンスを出せていても当然だったのです。にもかかわらず、日経225にすら負けている理由は1つしかあり得ません。

※ 同社のバリューチームの運用は、運用プロセスの説明通りであれば投資出来ないような大型グロース株も普通に保有するなど、かなり自由に運用している面もあるように感じられます。



事実誤認をもたらすような不誠実な情報開示は禁止にすべきだ

ベンチマークや参考指数に「配当抜き指数」を使うのか「配当込み指数」を使うのかで、パフォーマンスの見え方は大きく変わってきます。
例えば、2009年12月末~2019年4月末の「配当込みTOPIX」と「TOPIX」のパフォーマンス差は約40%もあります。
ベンチマークに「TOPIX」を使うだけで、見かけ上、簡単にパフォーマンスは底上げされてしまうのです。
配当込みTOPIX vs TOPIX 2009年12月末~2019年4月末
データの出所:配当込みTOPIX、TOPIXの日次データは「JPX:統計月報『3 株価指数・株価平均』」より取得。


にもかかわらず、というよりも、であるからこそ、運用会社は、これらを都合の良いように使い分けてもいます。
 ☞ メジャー・リーダーよ、お前もか! (お前も顧客の信頼を平然と裏切るのか。。。)

また、スパークス厳選投資やひふみ投信などでは「配当込み指数」を比較対象(参考指数)にしていますが、
三菱UFJ国際投信ではほとんどが「配当抜き指数」を使うなど、運用会社によって対応が異なります
 ☞ 「ご冗談でしょう、ファンマネさん。配当金要因を銘柄選択要因と呼ぶんですか?」


こんな状態が放置されているのに、なぜ、投資信託を、投資初心者の方たちに勧められるでしょうか?
こんな状態を長年にわたって放置し、事実上黙認し続けている投信業界は、あまりにも不誠実だと言えるのではないでしょうか?
もし、企業会計などの世界であれば、真っ先に問題視し、議論をしているはずです。

いくら上場企業がディスクロージャーなどで頑張ったとしても、
資本家と企業の中間に位置する「投資信託」が腐っていれば、健全な資本市場の発展など望むべくもありません。



追記:今回の三菱UFJ国際投信の取り組みの良かった点

ところで、冒頭の記事にもあった三菱UFJ国際投信の今回の対応は、インデックスファンドに範囲は限定されるという点は大変に残念ではありましたが、
それでも、とても素晴らしい良い取り組みであると思います。
 ☞ 三菱UFJ国際投信の英断:ベンチマークを「配当込み指数」に変更(インデックス型)。置いてけぼりのアクティブファンドにも光を!

「配当込み指数」と「インデックスファンド」のパフォーマンス比較図を見ても分かりますように、
従来は、配当抜き指数がベンチマークであったがために、
 「インデックスファンドは、コスト負担があるため、必ずベンチマークに負ける」
という点が分かりにくい状態
になっていました。
配当込みTOPIX vs TOPIX 2009年12月末~2019年4月末
データの出所:配当込みTOPIX、TOPIXの日次データは「JPX:統計月報『3 株価指数・株価平均』」より取得。トピックスオープンは三菱UFJ国際投信
※ なお、トピックスオープン(信託報酬調整後)は、eMAXIS Slimの信託報酬との差分(0.5184%)を調整したもの。
  仮に現在並みの低コストでインデックスファンドに当時から投資出来ていたとしたら得られていたパフォーマンスの目安。



言い換えれば、コスト意識が働きにくい状態でした。しかし、配当込みTOPIXと比較することで、インデックス投資の『コスト負担』がより明確になります。

例えば、トピックスオープン(信託報酬:年率0.6696%)がeMAXIS Slim TOPIX(信託報酬:年率0.1512%)並みの低コストであったとすると、
上図の期間では10%近い差が出ていたことになります。
日々、年率0.5%もの信託報酬を負担することは、一見小さな差にしか見えませんが、長期的に累積されていくと大きな差になってきます。
また、配当込みTOPIXをインデックスファンドが上回ることは基本的にはありませんので、上図をみると、
eMAXIS Slimの信託報酬の現在の水準が如何に低コストであるかという点も直感的に分かりやすいと思います。



eMAXIS Slimの持つ素晴らしい商品性(業界最低水準を目指す)は、残念ながら、販売会社の反対によって既存ファンドには導入出来なかったようです。
これに対して、既存ファンドが取り残されているという批判もあるようです。
しかし、今回の優れた情報開示への取り組み姿勢が、これを補完することになると思います。

もちろん利益確定による税負担との兼ね合いもありますが、
既存ファンドの保有を続けるべきか、eMAXIS Slimへ移行すべきか、再検討を促すとても良い機会になるからです。



補足:三菱UFJ国際投信の日本株アクティブファンド一覧(ベンチマーク設定)

ベンチマーク:TOPIX(配当含まず)

ベンチマーク:配当込みTOPIX

ベンチマーク:日経平均  

ベンチマーク:その他(スタイル別、スマートベータ)




参考記事